「こどもと誰でも食堂」を手伝って早10年。よくぞ続いているものだと感心する。
はじめた当時は、まだ「こども食堂」が珍しく、あまり知られていなかった。たびたび訪れる見学者から「貧困家庭を対象に?」と聞かれることも多かったが、食堂名の通り「誰でも」構わず老若男女みんなで食卓を囲むにぎやかさが気に入っていた。(下は当時の写真)



近くにある保育園の帰りにあわせて平日の夕食を月に3回。日や曜日を固定しないのは、「来られない人を固定しない」ためのこだわり。たまには食事の用意や片付けを気にせず、のんびりこどもと触れ合う時間をつくってほしいと呼びかけた。誘い合わせてやってくる親子は食後、こどもたちが遊ぶ傍らで親たちの会話が遅くまで弾んでいた。卒園後、何年経ってもたまに顔を出してくれる家庭もある。
コロナ禍の影響で室内での飲食が避けられるようになり、食堂は弁当を提供するスタイルに変わった。保育園帰りの親子だけが食事を済ませるのではなく、家で待つ家族の分も持ち帰ることができるようになったことが案外と好まれたのか、現在も弁当が主流になっている。
もう10年。自分では気付かなくても、たまに顔を出すこどもたちの成長ぶりに驚かされる。反面、当初はそう呼ばれることにも抵抗があった「こども食堂のおじちゃん」は、えらく年を取ったように見えているのだろう。そのうちに迷惑をかけるようになるかも知れないが、それまでは通っていようと思う吉田でした。

